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主の祈り

日曜日・朝の礼拝は、10時半から始まります。前奏のあと、皆さんで賛美する最初の歌は、「主の祈り」(尾山令仁訳、安富ふく子作曲)です。歌詞は、次の通りです。

天にいらっしゃる私たちのお父様  あなたのお名前があがめられますように

あなたの御国が来ますように  あなたの御心が天で行われるように

地上でも行われますように  私たちに毎日必要なものを

今日もお与えください  私たちに負い目のある人々を

私たちが赦しましたように  私たちの負い目も 赦してください 

私たちを誘惑に遭わせず  悪魔から救い出してください

御国と力と栄光は  いつまでもあなたのものです   アーメン

これは、現代訳で訳された祈りの言葉です。20年ほど前に、この歌詞に曲がつけられ、私たちの教会で、朝の礼拝に用いるようになりました。ちなみに、聖書は、現代訳聖書を用いています。数年ほど前、作曲者の方がこの曲の一部を、前から気になっていた所を変更されました。それから一層歌いやすくかつ心に入るものになり、感謝しています。この賛美から始まりますと、主に礼拝する思いが高められます。

 

奏楽者は二人

続いてお祈りがあり、賛美を4曲、ご一緒に賛美します。これは、プレイズを中心に、その時のメッセージに合わせて選んでいます。メッセージの後は、聖歌を1曲賛美します。奏楽者は、奉仕してくださる方が二人おります。小さい教会では、なかなか奏楽者がいないと聞かされることがありますが、このように主が集めて下さったことは、感謝なことです。二人とも、それなりに音楽の勉強をしてきておられ、タイプの違ったお二人で、なかなかに味のある方々です。日ごろあまり縁のない芸術家(?)と交わりをすると、面白いもので、教会の多様性を感じます。

クリスマスやイースターの季節がやってきますと、奏楽者の方がリードを取って、礼拝の聖歌隊賛美の練習をします。その季節の1~2か月ほど前から毎週日曜日の昼食後に20分ほどですが、男女それぞれのパートに分かれて、約14~15人のメンバーで練習です。奏楽者のお二人が、指揮者、奏楽者と良いコンビでリードをしてくれています。間もなく、イースター礼拝に向けて、毎週、練習が始まることでしょう。

         (2018年2月 小坂圭吾)              

 

 


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ホームページをリニューアル
厚木聖書キリスト教会は、教会開拓(2013年6月開始)をはじめて4年半が経過しました。厚木市は、神奈川県のほぼ中央に位置し、人口約22万人の都市ですが、中心となる駅は、小田急線・本厚木駅です。この駅から南に3分、ここに教会はあります。
今回、教会ホームページをリニューアルすることになり、ご覧になる方々に、「教会とは、こんなところです!」とイベントなどの出来事を中心に、新聞記事的に書いていこうと思っています。私たちの教会に始めて来られる方に、少しでも理解を深めて気軽に来ていただければとの願いです。
教会に来られる方は、近くは徒歩、自転車で、遠くは車であるいは電車で来られますが、遠方からと言えば、東京あるいは千葉、横浜から来ておられます。
教会に駐車場はありませんが、近くに(2-3分以内)に駐車場が沢山ありますので、それをご利用ください。筆者は横浜在住ですが、電車とバスですと70分、車ですと東名高速を利用し40分かかりますが、駐車場は、ワンコイン(500円)で6時間利用できる所を利用しています。

教会の特徴と年齢構成
教会の特徴は何ですか?と問われますと、“聖書に堅く立った教会で、愛の交わりがある共同体になること!”を目指しています。昨年の中ごろ、始めておいでになられた方が、「教会というのは、ほんとに暖かいところですね!」と言ってくださいましたが、私たちの願っていることで嬉しく感じました。
年齢層はどうかと言えば、子供、若い人、中年~中高年、老人までバランスの良い年齢構成でしょうか。数カ月前ですが、ギデオン教会の方が来られて、「実に活気があり、年令層も10代から80代まで(いえ90代です)バランスが良い年齢構成ですね!」と言われましたが、まさにその通りです。ですから、どなたが来られてもその方の年齢にあった方がいることでしょう。人数は、現在40人弱というところで、お互いの顔が見える人数ですね。
今回は、この程度にしまして、これから月に一度ほど、何かしら教会の様々な事柄を写真と文でお伝えしていきたいと思います。    
(2018年1月、小坂圭吾)

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現代の若者は夢が持てないとか、無気力、やりたい仕事がない、生きがいが持てない、そう感じている人は少なくないと思います。というのは私がそうだったからです。私は今22歳になりますが小、中、高と何不自由なく楽しい学校生活を送り、国立の大学に入学、順風満帆な人生を送っていました。しかし、大学生になり将来のことを真剣に考えるようになって一つの問題があることに気が付きました。「本気でやりたいことが何もない」のです。職業の選択は人生の中でもとても重要な問題だと私は考えていました。人生の中で仕事をしている時間はものすごい割合を占めているわけで、そんな膨大な時間を「やりたくない」ことに使うのはまっぴらごめんだ、と考えていたのです。それで本当に自分が全力で取り組みたいことを探したのですが、見つからずに大変悩みました。一流企業で高収入を得て家庭も築くという未来をイメージしてみたのですが、そこに何の幸せも見いだせなかったのです。大袈裟ですが、人生はなんてつまらないんだろう、、と思うようになり、友人との付き合いや、学生生活も一応は楽しいのですが、いつも心のどこかで虚しさのようなものがありました。私はクリスチャンホームで生まれたので、小さいころからキリスト教の事を知っていたし、信じてもいました。しかし、その信仰に全く疑問が無いかと言えば、そうではありませんでした。というのはクリスチャンが生活の基準とする「聖書」についてです。「聖書は誤りなき神の言葉」である、と教えられていました。クリスチャンにとって聖書こそが信仰の拠り所なわけです。けれども常識的に言えば、聖書といっても人間が書いたものであるし、何年も前に書かれたもので、「誤りのない」なんていうことはないだろう、と考えるのが自然です。理解できないことでも信じることはできるので、信じてはいましたが、心の深いところで納得できていませんでした。それでこのように祈っていました。

 

「神様、私は聖書が誤りの無い神の言葉だということを信じますが、正直よくわかりません。もし本当にそうならば、私にわかるように教えてください。」

 

ある時、不思議な体験を通して神様は答えてくださいました。聖書の説明文のような特別何の感動も無いような箇所を読んでいた時のことです。突然、目から涙が溢れてきました。「あれ?」と思い、一旦落ち着こうと思っても、余計に溢れてきます。しまいには涙に加えて鼻水まで垂れてきます。私は戸惑いました。感動して泣くならわかるけれども、そんなこともないのに何故こんなことが起こるのだろう?そして気が付きました。「これは祈りの答えだ。」聖書は神様からのラブレターだとも言われます。この時、頭ではわからなくても、もっと深い所に神様が触れてくださっていることを感じました。聖書というものが本当に神の言葉であることを、まさに自分に分かるように教えてくださったのです。そこで祈りました。

 

 

「神様。私は今、聖書が確かにあなたの誤りの無い言葉であることを知りました。このことを心から受け入れます。」

 

 

私にとって重要なことは、この不思議な体験をしたことよりも、この祈りをした後の変化です。この後、聖書を読むときにはいつも神様からの声が心に響くようになりました。本当の意味での「イエス・キリスト」との出会いを体験したのです。そしてこの神様の言葉は私の「やりたいことが何もない」という悩みをすっかり解決してしまいました。聖書には自分がどのように生きるべきかハッキリ記されているからです。今はしっかりと生きがいを感じながら生きられるようになりました。

 

Y (22歳・男)


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3周年記念礼拝
「主に喜ばれる教会」ヨハネ13:24-25
尾山令仁牧師


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厚木で礼拝を持ち始めて3年になりました。

これを記念して、3周年記念礼拝を持ちますので、お知らせいたします。

どなたでもご自由にご参加ください。

日時:2016年7月24日(日) 10:30~

場所:厚木聖書キリスト教会